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2016/05/30

やっぱり可愛いクラクフ旧市街(スタレ ミャスト)の街歩き(^^♪

ジエン ドブル

実は現在地は既にチェコのプラハなのでありますヾ(o´∀`o)ノ
ワルシャワに行こうか迷いましたが、直感でプラハの方が好きそう・・・と思ったので!

そしたら本当に来て良かったー(。>ω<。)ノ
プラハ大好きです☆


しかし気持ちはクラクフに戻しまして、クラクフの街の様子をお伝えします^^
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クラクフに着いた瞬間は、
”あれ・・・あまり好きではないかも・・・”
と思いました((´・ω・`;))

駅の付近は普通に現代的な感じなのでね!
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でも旧市街(スタレ ミャスト)の方は、やっぱり好きでした(゚∀。)アヒャ
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歩いていて、この可愛い建物を過ぎた先にあったのは・・・
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中央市場広場!!

この広場好きー+゚。*(*´∀`*)*。゚+
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一番に目に入るのは織物会館という建物。
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中世の時代、ここで繊維や衣服の取引が行われたからこの名前が付けられたそうです。
今は、お土産屋さんがずらりと並んでおりますが、雰囲気あって良かったです^^
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このコラボの眺めも良かったです(´ω`人)
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やっぱり色合いが可愛い♥
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白い馬の馬車が似合いますね~(´ω`人)
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しかし当たり前ですが、”THE 観光地”ですね!
すごい人なのですヽ( ´_`)丿
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モスクワのクレムリン辺りを思い出しました・・・


でも人が多くても、十分広いし、雰囲気良かったですよ(ノω`*)ノ

この広場を後にしまして・・・
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次に向かったのはビスワ川沿いヽ(´∀`)ノ
向かう途中にもたくさんの教会があるのですが、気になって入ってみたのはこちら!
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派手過ぎず・・・
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でも豪華じゃない訳では無く、とても美しかったです(〃▽〃)
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ここからしばらく行くと、川沿いに到着!
川沿いは、どこも長閑で良いですね^^
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ちょうど、民族衣装?を来た少女達が、歌を歌いながら通り過ぎて行きました。
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途中に、”キャー”みたいな叫び声の入る謎な歌だったのですがΣ(゚д゚|||)


川のすぐ側にあるのがヴァヴェル城。
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時間無かったので中は見学していませんが、やはりすごい人だったので、見学される方は覚悟が必要かもです!?


その付近にあった、すみません・・・名前がわからない聖堂。
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”クラクフで一番綺麗!!”って、自ら垂れ幕を掲げていたのは気になりましたが^^;

確かに綺麗なのでしたーw(゚o゚)w
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アップで撮ると、なんか迫るものがありますねΣ(゚□゚(゚□゚*)
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よく見ると、天使の顔だけがいっぱいあって怖いのですが・・・(;゜0゜)
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何度見ても、教会の美しさには慣れないものですね(*´∀`人


最後に向かったのはユダヤ人地区。
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これまでとは、何となくですけど、ちょっと雰囲気変わるんです。
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ちょっと暗くて古い感じかな??

ユダヤ人街なので、イスラエル料理のレストランがあったりします。
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普通にオシャレなカフェとかもたくさんあるんですけどねw(゚o゚)w


こちらの教会には、ユダヤ人の方がたくさん見学にいらしてました。
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こちらのシナゴーグにも。
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建物は古いけど、雰囲気あって好きです^^
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中には小さなマーケットがありました。
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やっぱり市場は見てるだけで楽しくて好きです(´ω`人)
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で、すごい並んでるお店があったから、我々も並んでみることに・・・
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フランスパン的なパンの上に、好きな具材やソースをかけるピザのような食べ物(゚∀゚)
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クラクフの他のお店でも見かけたので流行っているのかしら!?
これ、とーーっても美味しかったのでオススメです!!


と、ここでポーランドでの料理紹介!

ポーランドには多くの種類のスープがあって、日本では味わえないものも多いので、試した方が良いらしいですよヽ(´∀`)ノ

これー!
ジュレックという発酵麦のスープなんですけど、信じられないほど美味しかったー。゚(゚´Д`゚)゚。
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麦を発酵させているので酸味があるけど、でも全然クセは無く美味(〃ノωノ)
ボルシチを抜いて、この旅一番美味しかったスープに躍り出ました!!

あとは、やっぱりポテト!?
これ、ジャガイモの中にチーズとかサワークリームとか入っているんですが、超デカいんです((((;゚Д゚)))))))
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重さは500g以上はありそう!?

こんなに大きいとは思わず、2個買ってしまい、3日間かけてようやく食べ終わりました((((;´・ω・`)))笑
美味しいんですけどねw(゚o゚)w


最後に、クラクフの宿はこちら↓↓
Blueberry Hostel

クラクフの鉄道駅から徒歩20分くらい。
旧市街からも徒歩15分くらい!

トイレバス共用、朝ご飯付き、ドミトリーのベッド2台で、約94ズウォティ/泊でした。

受付のお姉さんも泊まっている人も、みんなとても良い方で、楽しいホステルでした♪

イギリスから来ていたおじいちゃんが、”ポーランドのビールは安いから最高だー”と言って、一人に1本ずつ500ml缶をくれたのですよ(´ω`人)
でも1本120円くらいはするんですけどねっっ

ちなみにイギリスではスーパーで買っても1本5~6ポンドするらしいです・・・
たっかーい━━━━(゚д゚;)━━━━!!

日本も高いですけどね^^;


ということでクラクフしか滞在しなかったけど、アウシュビッツでは色々なことを考え、学ばせてもらったし、訪れて良かったです^^
さようならポーランドー(>_<)


次回はお気に入りのプラハ編お送りします♪
また見てね!!


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そうそう、旦那氏は自他共に認めるサッカー好きなのです。
でもちょっとマヌケなのです。

”29日はWEFAチャンピョンズリーグの決勝があるから絶対に移動日にはしない!”

と言っていたので、28日にクラクフからプラハまで移動したのですが、試合は28日だったというね(-∀-)


後半はちゃんと見れたから良かったね(´_ゝ`)


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2016/05/29

アウシュビッツ強制収容所に行って感じたこと

ジエン ドブル

って、ポーランド語の”こんにちは”を一度も使わなかったことを後悔している妻です(゚д゚)

英語が通じる国だと、現地の言葉を覚える機会が無いですね。
挨拶くらいは、現地の言葉でするようにしなければ(>_<;


さて今回のブログは予告通り、アウシュビッツ強制収容所について書きたいと思います。
いろいろ考えていたら、更新が遅くなってしまいました・・・。

ナチスドイツ時代に、人類史上最大のホロコーストが起きた場所。
皆様ご存じの通り、”二度と同じような過ちが起こらないように”との願いを込めて、世界遺産に登録されています。
負の世界遺産ですね。

旦那氏は以前に行ったことがあって、もう行きたくは無いということだったので、今回は私一人で行ってみることに!

”暗い気持ちになると思うけど頑張って”との旦那氏のお見送りの言葉を受け、いざ出発。


アウシュビッツ強制収容所のあるOswiecim(オシフィエンチム)までのクラクフからのバスの時刻表は、2016年5月現在のところ、このようになっているようでした↓↓
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オシフィエンチムまでは電車も走っていて、まずは電車で行ってみようとしましたが、8時10分の次が10時40分発とのことで、良い時間が無かったのでバスで行くことに。

8時40分のバスに乗って、約1時間40分ほどでオシフィエンチムに到着。
運賃は14ズウォティ(≒約390円)/人でした。

バスだと、アウシュビッツ第1強制収容所の目の前の駐車場まで行ってくれましたよ^^
電車の駅からだと、1kmくらい歩かないといけないようでした。


現在、10時~15時の間はガイドツアーに参加しなければ中を見学することはできません。
ツアーは、こちらのサイトから事前に予約できるようでした。
アウシュビッツ公式HP

日本語のツアーに参加した場合は、唯一の日本人公式ガイドである中谷さんに案内を依頼されるのが良さそうです。
(すみません、依頼の仕方は参加された方の記事等で調べてみて下さい><;)
中谷さんのツアーに参加された方の記事を読むと、とても良かったとおっしゃっている方がたくさんいらっしゃいました。


私は、いつ行くか日付が未確定だったので、何も予約せずに現地にてツアーを申し込むことに。

英語のツアーは1時間おきにあるようでしたが、私がチケット売り場に着いた時点で、10時半・11時半の英語ツアーはもう既に満席でした。
次の12時半まで待つのは辛かったので、11時からのロシア語ツアーに参加してみました・・・。

なので、説明していただいた内容がほとんどわからず・・・という痛恨のミスではあったのですが、それぞれの見学場所には英語での説明文があったので、何とか理解はできました。

よって、後から勉強したことも含めて、私なりに様子を伝えさせていただきます。


ちなみにツアーは30名が定員で、第1強制収容所(オシフィエンチム)の方を2時間。
そこからバスに乗って、第2収容所(ビルケナウ)の方に移動して1時間の、計約3時間半でした。

以下の内容は、第1、第2が混在しております。


第1収容所の入口はこちら。
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荷物検査を経て、中に入ります。
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入って一番最初に目にするのはこちら。
ARBEIT MACHT FREI・・・”働けば自由になる”と書かれています。
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この看板を作ったのも収容者されていた方達。
最初の単語のBの文字が上下逆さになっているのですが、唯一の抵抗だったと言われています。

こちらは第2収容所。
ヨーロッパ中から、130万人以上の方が鉄道でここまで連れてこられました。
ほとんどがユダヤ人です。
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このような窓も無い列車に、信じられないほどの人数が詰め込まれて連れてこられたのも有名な話ですね。
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当時の様子。
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ここに着くとすぐに、ドイツ軍医によって、働けそうな人と、そうで無い人に選別されます。
働けないと判断された人は・・・皆様もご存じですよね。。。

収容されるとまず、髪を切られました。
もちろん、女性もです。
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女性にとって、髪の毛は宝物ですよね。
どんな気持ちだったのでしょうか。

切られた髪の毛は布として加工され、売られたのだそうです。

収容所内での服はこちら。
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収容所内での食事は、液体だったり、腐った野菜で作られたスープのみ。
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もちろん、栄養が足りる訳もないので、餓死する方もたくさんいらっしゃいました。
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寝る場所も、冷たい固い床に薄い布を敷いただけの場所。
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第2の方も、このような場所で、穴の開いた薄い布が布団として与えられたのみ。。
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こちらはトイレや洗面所があったバラック。
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トイレは、コンクリートにただ穴が空いているだけでした。


敷地内には、あらゆるところに鉄線が張り巡らされています。
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当時は、約220Vの電流が流されていたそうです。
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向こう側は見えるのに、どんなに分厚い壁に感じていたのだろう・・・
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そんなことを考える前に、着いた瞬間に命を奪われてしまった方もがほとんどだったのでしょうか・・


こちらは、第1にある主に抵抗組織の人の銃処刑が行われた場所。
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花が供えられ、たくさんの方が祈りを捧げていらっしゃいました。

没収された靴や眼鏡。
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鞄は安心させるために”後で返すから”と、名前等を書かされたそうです。
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化粧道具もたくさん。
普通にオシャレして、普通の生活ができると信じてやってきたのですよね。
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アウシュビッツは安住の地だと言われ、皆連れて来られたのです。


安住の地では無い・・・本当は酷いところだとわかった後に連れて来られた方も、希望を捨てないために食器等を持ってきたのだそうです。
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障害者の方も収容所に連れて来られる対象者。没収された義足等。
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鉄道で着いて、働けないと判断された人達が向かう先・・・
こちらは、第1収容所のガス室。
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使用された毒薬チクロンB。
1缶で150人の殺傷能力が。
この缶の量だけでも、どれだけの方が犠牲になられたのか・・・想像したくもありません。
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シャワーを浴びると言って連れていたれた話は有名ですよね。
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毒ガスで亡くなった方の遺体はすぐ横にある焼却炉で焼かれました。
その作業を行ったのも、ドイツ軍では無く収容者の人達。
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第2の方のガス室は、戦況が悪くなると、証拠隠滅のためにドイツ軍が爆破しました。
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第2収容所、本当にすごい敷地面積なんです。
最後の頃は、ここに約10万人の方が収容されていました。
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もし鉄線が無かったら、緑がとても綺麗で、長閑なところに見えてしまいますね。

アウシュビッツの冬の寒さは非常に厳しいものだったはずです。
厳しい冬を超えて、この素敵な春の景色を見れた人はどれくらいいたのだろう・・・
例えこの景色を見れたとしても、”あぁ綺麗な景色だな”と思えたのでしょうか・・・

冬に訪れてみた方が良かったかな・・・。
その方が、どんなに厳しい環境で過ごしていたのかをより感じることができたのかもしれない。。。




アウシュビッツ、行って良かったという方も多いですが、私は行って良かったのかはよくわかりませんでした。

少なくとも、ここに行っても行かなくても大きな気持ちの変化はありませんでした。
残されている遺品の数々を見ても、あまりにも現実味が無くて、ここでそんなに酷いことが行われていたなんて、信じられないままです。

ナチスドイツがしたことは本当に信じられないほど残酷なことだし、もう二度と繰り返してはいけない。

でも人間って、残酷になろうと思えばいくらでも残酷になれる、怖い生き物だということは知ってる。

でも、それを止めることができるのも人間しかいないと思う。
だから、そういった部分を信じたいし、私は止められる側でいたい。


そう思える人がたくさん増えて、このような悲劇を繰り返さないために、語り継いでいくことが本当に大事だと思う。

アウシュビッツに訪れなくても、映画を見たり、本を読んだりするんでも良いと思います。

ここで行われたことが、どんなに酷いことで、やってはいけないことなんだと、これから生まれてくる人達も含め、一人でも多くの方に伝われば良いなと思いました。

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うまく纏まらなくてすみません。



最後に、帰りのバスの時刻表は今のところこんな感じでした↓↓
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では、次回は気持ちを明るく!クラクフの街歩きの様子をお伝えしたいと思います^^


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旦那氏がアウシュビッツに2回は行きたくないと言った気持ちがわかったような気はしました。


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